偽りの夜空に堕つ流星(ほし)は ――『世界』は既に、壊れ始めてる。 夜……と言っても、ゲーム時間内なので多分開始時間から9時間前後だろうか。 私の横で、隠者たんは寝るコマンドを使ってぐーすか寝ていやがる。 私はと言えば、その横で寝ずの番だ。 はっきり言おう、両方寝たら絶対死ぬ。それくらいやりかねないゲームなのだ、『世界の楔』は。 もっとも、そうでなくても私は寝られないのだが。 この『世界』のタイムリミットと同様、私自身のタイムリミットも徐々に迫ってきている。 出来る限り最初の階層で仲間を集めてボスを倒し、即座に次の階層へ向かわなければいけないのだ。 おそらく、このゲームでは悠長にレベルアップなどしている暇はないだろう。 経験点を効率よく稼げるクエストを探してモンスターを倒し、報酬を使い出来うる限りの装備を整える事によって ようやく倒せるバランスのモノであると認識している。 MMORPG初心者である以上、最悪の展開は予測しなければいけない。 推測だが、この『世界』は1日毎に下の階層から崩壊していくのではないだろうか? 階層の数およびタイムリミットから鑑みるに十分ありうる話だ。 最低4人。今自分を含めて2人いるから、あと2人集めようと思う。 エルフのブリーダーである隠者たんがすぐ見つかったのは幸いだった。 彼の通訳がなければ、他の面々と接触しても物別れに終わる危険性が高い。 故に真っ先に接触を行ったのだ。 ブリーダー単体での行動は自殺行為なので街にいるだろうと踏んだが、事実そのとおりだった。 これで能力強化も行えるし、弱点である命中率の補正も出来た。 あとの2人は、さだつかんとつきみんだ。 さだつかんはノームのマギウス、遠距離からの魔法攻撃を担当してもらいたいから。 そしてつきみんはピクシーのソルジャー……放っておくと、真っ先に魔王に殺されそうだからだ。 このゲームは文句無しにデスゲームだ。 故に、真っ先に体力の低いPCから魔王が殺しにかかるだろう。 個人的に、つきみんに死なれては困る。だから接触する。 『Ring to Rings』で開催中のリレーシナリオでトリGMを務めるのは私、つきみんはそのシナリオの主役なのだから。 (我ながら、甘い……かな) 誰を犠牲にしてでも生き残る、と決意した割には甘すぎる。 それは重々承知しているが、姿形のわかっている仲間だけでも手元に集めておこうと思った。 その分、頭を使った戦略が必要になるだろう。 覚悟はしている。 正直、仲間の命を預かる立場というのは荷が重い。 分不相応な役割かもしれない。 けれども、生き残る為だ。こなしてやる、絶対に。 なんとなく、夜空を見上げてみた。 満天の星空。 現実世界では、こんな星空を見たことはなかった。 (天然のプラネタリウム……かな) 一瞬だけ、思わずそう感じてしまった。苦笑いしながら、私は重い首を振る。 (ここはゲームの中なんだから、間違いなく人工の夜空だ。何考えているんだか) 忘れていた。 ここは、偽りの世界。 『魔王』になろうと決意した空さんとその発端を作ったBBNOさんが作り上げた、幻想の世界。 そして。 私達の手によって、確実に壊れて崩れ逝く世界。 ふと、考えた。 空さんが、何の為にこの戦いを起こしたのか。 確かにきっかけはBBNOさんの死だった。しかし、それだけで壊れるほど彼女は弱くないと思っている。 つまり、その後何かあったのだろう。 おそらくは、BBNOさんの死を冒涜する何かが。 つまりそれが、『世界崩壊』のきっかけ。 空さんの『世界』の終わり。 『世界』とは何か。 真摯にそれを考えてみた人間がどれだけいるだろう。 世界の広さが、見える範囲が、その価値が。人によって違う事を認識できる人はどれだけいるだろう。 結局、個人個人の世界を構成するのは場所じゃなく社会でもなく。 自分の周りにいる人々なんだと思った。 だから、BBNOさんを二度も失った空さんは壊れた。 至極、当然の話だ。 その気持ちがわかる、とまではいかない。 けれど。 寂しかったのだろう、哀しかったのだろうと。そう思った。 ……相変わらず、涙は一滴も出ない。冷たいヤツだな、私。 星が、夜空を埋め尽くしている。白い光が鈍く光っている。 ――ふと、現実世界のことを思い出した。 確か、世界中の衛星をハッキングしたんだっけか。で、多分今も徐々に落ちかかっている、と。 また、空さんの事を考えてみる事にした。 天才的なハッカーであり、このゲームの最終ボス。 宇宙に浮かぶ造られた星を全て掌握した、空(そら)の魔王。 自分の『世界』を失った、空(から)の魔王。 そして…… 虚ろな身体と心で構成された空(くう)の魔王。 隠者たんの戯言が感染ったらしい。思考パターンを変えよう。 さて、ゲームクリアした後の話だが。 その後、空さんはどうなるのだろうか。 多分、死ぬだろう。 私達に向かって死のゲームをふっかけてきたんだ。おそらくは、彼女自身も同じヘッドセットを身に付けているのだろう。 敗北した場合、生きているとは考えられない。 つまり、彼女は私達が勝っても負けても死ぬことになる。 その答えに行き着くプレイヤーが何人いるだろう。 答えに辿り着いたとして、彼女に刃を向けられるプレイヤーが何人いるだろう。 私の答えは一つだ。 誰も手を下さないのなら、私がやる。 このゲームへの参加が、BBNOさんと空さんに関わった故の縁であるのなら。 空さんが、この世界の崩壊を望むのなら。 世界の『裏切り者』(Double Cross)であろうとするのなら。 私は、この『ゲーム』(せかい)の『破壊者』(Renegade)になってやる。 『世界の楔』ごと、空さんを叩き切る。 ……そう、初めて私は人殺しをする事になるのだ。多分。 つう、っと。 流れ星が一筋、落ちていった。 それを見ながら、私はまた空さんの事を考える。 空さんは、この世界を壊すと言った。 だけど。彼女は気づいているだろうか。 ――『世界』は既に、壊れ始めてる。 「Ring to Rings」のメンバーの中で、確実に『世界』を壊された者がいる。 殺されたのが誰なのか、私には知る由もない。 両親かもしれないし、兄弟かもしれない。もしかしたら恋人かもしれない。 だが、彼らの周りで『誰か』がいなくなったら。 確実に、彼らの『世界』は壊れていくのだ。 がらがら、がらがらと。 私は、その事実を伝えに行こうと思う。 だから、こんなところでくたばっている暇はない。 必ず、生き残ってやる。 ……また一つ、星が落ちた。 そろそろだな。 私は隠者たんに軽く蹴りを入れた。そろそろ行動を起こす時間だ。起きてもらわないと困る。 次に向かう街はエルフの住人が大半を占める街。 マギウスやプリースト用の品物が豊富に揃った露天商が多く存在する場所。 そこで、少なくともさだつかんの足跡くらいは掴めるだろう。 寝ぼけ眼の隠者たんを引きずり、私はその街へ向かう。 偽りの北極星を頼りに、北へ。 to be continued...