終わり逝く世界の価値は ――『勇者』?『英雄』?そんな称号、他の誰かにくれてやる。 ふと気が付くと、私は草原のど真ん中に立っていた。 さようなら日常、こんにちは非日常。 などと内心で呟きながら、『そこにいるべき人物』の方へ向きなおる。 ……無論、『彼女』はそこに立っていた。 黒い長裾の法衣を纏い。何の柄も無い、目だけ空洞が出来た真っ黒な仮面を被っている。 いかにも魔王らしい装束だ。 『……ああ、ゲーム・スタートの合図をしに来たんだな?』 私は、口調を切り替えた。 この姿に相応しい口調、振る舞い。 今の私は現実世界の私とは全く違う。強靭な肉体を持ったドラゴンだ。 ならば、外見だけでなく『中身』も切り替えるべきだろう? 「ええ、その通りです。期限は丸々4日間。ゲーム内時間では約1ヶ月となります。 それまでの間、せいぜい頑張ってくださいね?」 くすり、と仮面の奥で忍び笑いを零す魔王。 『予想の範疇だ。それくらいの時間制限の方が助かる。……緊張感があるからな』 余裕ぶった口調ではったりをかます私。 正直言って、私が睡眠なしで意識を保っていられるのは3日か4日が限度だ。 私は、他のPLと違って肉体的なハンデを背負っている。 私は睡眠障害を持っている。 毎朝、1錠薬を飲まないと日常生活に少々問題をきたす。 具体的に言うと、唐突な視界のブラックアウトだ。 多分、1日2日なら飲まなくてもいけそうな気がする。普段の仕事とは違って身体を動かすわけじゃない。 肉体に疲労をきたす事が少ないので、十分もつだろう。 ……が。3日、長くても4日がまず限界だと思われる。 多分それ以上かかったら、確実に意識がブラックアウトして致命的な事態に陥る。 流石にそれを『魔王』に知られるわけにはいかない。付け入る隙を与えてしまうから。 『……『俺』は殺される為にこのゲームにやってきたんじゃない。『勝つ』為に来たんだ』 にやり、と口元を綻ばせる『俺』。 なんだ。こっちの世界でも余裕ぶった喋りが出来るじゃないか私。余裕余裕。 「そうそう、詳しい操作方法はわからないでしょうからヘルプ機能を搭載しておきました。 犬死にしたくなければ、ちゃんと読んでおいてくださいね?」 俺の言葉に応えるつもりはないらしく、淡々と説明を続ける魔王。 『了解。これで犬死にするような事態は避けられそうだ。助かったよ、魔王サン。 ……ところで魔王サン。私が何故、自発的にこんな危険なゲームに突入してきたかわかるかな?』 数分後。 説明を聞き終わった俺は挑発的な笑みを浮かべ、魔王に問うた。 「――いいえ。別の参加者と同じだろう、と見当を付けていましたが」 訝しげな声の響き。まあ、そう考えるのが普通だろう。 『いいや。俺にとって、リアルでの知り合いはオンラインで知り合ったメンバーほど重要視していない。 別に死んでもいいとは思っていないが、他の参加者と違って『何が何でも守りたい』と思ってるわけでもない』 さらに口元を綻ばせ、言葉を続ける俺。 ……そう。俺……いや、私は身内に被害が加わるのを恐れてこれに接続したわけじゃない。 多分目の前で死なれても、私が泣く事はないだろう。 過去、母方の曽祖父やクラスメートが病気や火事で亡くなったと聞いたときも、涙は出なかった。 元々が冷たいヤツなのだろう、私は。 「では、何です?『世界の危機』を救う大役を担えると知って嬉しく思ったから?」 予想外の答えだったのだろう。微かに、動揺が見える。 『いいや、それも違う。――『勇者』?『英雄』?そんな称号、他の誰かにくれてやる。 俺がここに来たのは、自分の根源……アイデンティティに関わる理由だ』 そう。最初は「なんで私がこんな目に」と思った。 (うわー、まだ死にたくないんだけどなやってないゲームあるし借りたまま読んでない本もあるしーっ?! つか、気まぐれで前衛職なんて選ぶんじゃなかったー。死にやすいじゃん前衛って!) なんて思ったりもした。 わざわざ『世界の危機』を救う『伝説の勇者』になるなんてまっぴらごめんだ。 おまけに私は前衛クラス。切り込み役ってのは生死の境を彷徨いやすいタイプでもある。 ……しかし。 「では、教えて頂戴。その理由を」 辛うじて平静を保った魔王が、冷然と言い放つ。 ……その答えを、待っていた。 俺は、腰の剣をすらりと抜く。 意外にでかいが、身体とのバランスはいい。すぐに慣れるだろう。 大きく一歩、踏み出す。 『それはな……自分の生き方を他人に任せるなんていう受身なやり方が、性に合わないからさ!!』 そのまま、一足飛びに魔王に向かって跳ぶ。 『……試し斬りだ。切れ味、確かめさせてもらう!』 俺は、魔王の首目掛けて斬撃を放った。 『魔王』が、ふっと消える。 幻影だったらしい。……が、これでいい。 大体操作方法も掴めた。ちょうどいい肩ならしだった。 実は、ドラゴンのソルジャーを自分のキャラクターに選んだ理由はもう一つある。 「誰かに守られる」心配がないからだ。 私は、『伝説の勇者』みたいな役割なんざまっぴらだ。 しかし『ヒロイン』だの『お姫様』だのになるのはもっとごめんだ。 女だから弱い、だから守る。 そんな価値観が昔から大嫌いだった。 幼稚園の頃、将来の夢に『およめさん』と書いた女の子とは友達になれる気がしなかった。 なんで女は男に、他人に依存しなきゃいけない生き方が受け入れられるのか。 そしてそれは、今でも同じである。 今年の夏、自分から付き合っていた相手に別れを切り出したのも同じ理由。 相手の態度に『女だから守る』という態度が見えたのだ。 そんなタイプの女の子がお望みなら、別の子を探せばいい。 私はそうなりたくはない。 後衛職から前衛職に路線変更した理由は『死ににくい』以上にこっちの理由が大きかったのだと、今更ながら気付いた。 この職業なら、後衛職を守る事はあっても守られる事はない。 存分に暴れられる。 『……引導を渡すのは、俺だ。首を洗って待っていろ』 俺は、低い声で呟いた。 しかし、魔王や『あるクラス』のキャラクター以外にはこの声は唸り声や雄叫びにしか聞こえない。不便と言えば不便だ。 最初に何をするのかは、既に決めてあった。 通訳になるクラス……ブリーダーと合流する事だ。 幸い、誰がブリーダーなのかはわかっている。 隠者たんだ。エルフのブリーダーは一人だから、見つけるのは容易だろう。 事前に、#世界の楔で情報を集めていて助かった。 その後、ノームのマギウスであるさだつかんおよびピクシーのソルジャーをやっているであろうつきみんと合流する事を考えている。 魔王がわざわざ『ルイーダの酒場』みたいなモノを用意しているとは考えにくい。積極的に合流をすべきだろう。 俺は、魔王から渡されたマップを見た。 まずは街へ立ち寄って武器、アイテムの購入と他PCとの合流を果たさなければいけない。 マップを見ながら、軽い地響きを立てて歩き始めた。 ……ほどなく、敵に囲まれる。 俺は地図を懐にしまい、再び大剣を構えた。 魔王は、ぎりぎりのゲームバランスで俺達に挑むつもりらしい。上等だ。 『かかってこい。返り討ちにしてやる!』 俺はゴブリンの群れに向かって、吼えた。 生き残ってやる。何が何でも。誰を犠牲にしても。 to be continued...