世界の終わりの始まりは ――『運命』だの『伝説の勇者』だのを信じられるのは、まだ世の中をわかってない人だけ。 9月の半ば。 いつも通り、IRC(Internet Relay Chat)の『#りんりん』というチャンネルに入室する私。 直後、『Ring to Rings』でのチャット仲間だった『ある人』が死んだのだと聞いた。 トラックに撥ねられたんだそうだ。 どうもトラックの運転手は居眠り運転をしてたとか積荷の積載量を大幅にオーバーしてただとか、そんな話がニュースで流れてた。 最初は、それだけで済むと思ってた。 ――そいや、MMORPGってコントローラー使うんだっけ? 9月13日。あの事故の数日前の話だ。 22:16 Created 22:16 *** soujyu has joined channel #りんりん 22:16 *** Topic for #りんりん : http://www.geocities.jp/kira_fukami/World_Wedge.txt 参加企画完成・協力お願いします、byBBNO オンライン専用DX2(Double Cross 2nd Edition)サイト『Ring to Rings』メンバーが、 とあるMMORPGのテストプレイメンバーをしないか、とお誘いを受けた。 『世界の楔(World Wedge)』というタイトルだ。 とりあえずざざっと出されたアドレスを見る。 22:34 >soujyu< ピクシー@マギウスかピクシー@ブリーダー希望w 22:34 取り敢えず 22:34 希望じゃなくて 22:34 書いてメールで送ってくれw! 22:34 質問は受け付けるからw! 22:34 >soujyu< いや、誰が何選んでるのか気になってさw あんまり被らないクラスの方が面白いと思った。ので、ちょっとわがまま言ってみた。 22:36 んじゃあ、現在居る人に聞くよ 22:36 俺に提出した人ね? 22:36 む? 22:36 ――PL名(りんりんでの名前):種族名・クラス名 22:37 で、一覧を出そうと思いますが 22:37 いいですか? 22:37 ん〜…兄弟、それだとランダム要素がなくなってイマイチだと思うぞ?(ぉ 22:37 うむー 22:37 ランダム要素…誰が誰だか解らないように、って奴か まあ、その方が面白いね。仮面舞踏会みたいでさ。 22:37 了解 22:38 んじゃあ 22:38 組み合わせだけでいいかね? 22:38 <ランダム要素 22:38 や、組み合わせも書かないで良いだろう 22:38 単に、その種族の総数とクラスの総数だけで 22:39 そうすればどの種族とどのクラスの組み合わせか分からない以上、それなりにランダム要素が残るし なるほど。確かにそうだ。出会い頭まで自分の『正体』を隠しておくのも楽しそうだし。 22:40 了解 22:40 と言うか、一つ言うなら 22:40 誰が何を選んだかは本編でのお楽しみ(こく 22:40 ――前衛クラス、殆ど 22:40 誰もやらねぇってどういうことだ――w! 基本的に、RPGでは必須なんだがなあ。あんまり皆がしがしと死にたくないって事か。 つか、私も死にたくはないんだが。 22:46 http://www.geocities.jp/kira_fukami/WW_Total.txt 22:46 <現状のトータル そんなやり取りを経て、私は種族とクラスを決めた。 メールで、BBNOさんに設定を送る。 実の所、『#りんりん』で宣言した希望種族、クラスとは全く違うモノだ。 ……現時点では誰もわかるまい。少なくとも、今希望を出している面々にはまずわからない。 23:44 んで、世界の楔関連の話題は 23:45 今、チャンネル作りました 23:45 #世界の楔 23:45 に、どうぞ 私を含む幾人かが、『#世界の楔』というチャンネルに入室した。 やっぱりなんか意味ありげなタイトルだなあ、『世界の楔』って。 現実世界と仮想世界を繋ぐ『楔』っていう意味合いかな? 23:53 思いっきり生き汚い構成にしたー(ぁ<種族/クラス 23:54 愉快なのはあれだな 23:54 複数のクロックで 23:54 んむ 23:54 人間の協力で 23:54 がったーいw! 巨大化ロボットが好きな人は飛びつきそうだね(目逸らしながら) 23:54 てか、兄弟、ふと思ったんだがな 23:54 むw? 23:54 ブリーダークラスの意思疎通技能、あれってドラゴンとかのPCにも有効なんじゃ? 23:54 よく判ったな 23:55 その通りだ 23:55 やはり有効だったか 23:55 つまり、通訳になれます(ぉ 1パーティに1名いると便利そうだ。2名以上いてもアレだけど。 結構重要クラスらしいね、ブリーダー。 23:57 >soujyu< そもそも何人パーティなんだろう。 23:57 最大八人 23:57 が、予定 ……9人、みたいなんだが。今の人数。 あぶれないだろうか。心配。 23:59 >soujyu< 前衛、絶対少ないんだろうなあとw 23:59 あえて触れないがねw 23:59 前衛の絶対数が 23:59 前衛少ないと思うぞ 23:59 少なくなりそうだ、とは 23:59 覚悟しているw 00:00 世界設定的に、前衛に立つって危険性高いですからね 00:00 >soujyu< 死にそうだな真っ先にw 00:01 >soujyu< でもさ、後衛ばっかりでも死にそうだぞw 00:01 役に立たない後衛が前衛を殺すこともありますし(苦笑) まあそんなバカ話を交えながら、各自キャラクターの設定を作っていった。 後日、参加希望メンバーはBBNOさんのメールアドレスに住所を送ればいいらしい。 そこまでやり終えたら、あとはヘッドセットとMMORPGのソフト『世界の楔(World Wedge)』が届くのを待つだけだ。 9月13日から14日にかけて、みんな喋り倒した。 一方、『#りんりん』でも並行して他の面々のお喋りが続いてた。私もその場にいて、やっぱり喋り倒してた。 00:28 ああ、空 00:28 今、なんか 00:28 魔王用のセリフを 00:28 考えています(笑) 00:28 やる気でてますねー空さん(笑) 00:28 魔王? 00:29 仲間になれば世界の半分やろう」とか 00:29 ああ、 00:29 変わろうか? 00:29 慟哭、なんだよ 00:30 聞いているだけで、なんか――ごめん、俺はマジで思うんだが 00:30 抱き締めたくなりました(即死 00:30 <空=魔王の台詞 おーおー、あついぞばかっぷる。 にやにや笑いながら、私は様子を見る。 00:30 んじゃ 00:30 空に変わるね? 00:31 *** BBNO is now known as Kuu 00:31 やほー、おひさしぶりー 途中から、BBNOさんの代わりに同居している『空』さんという女の人が入ってきた。 以前、MSNメッセンジャーでも会ったことがある。 確かBBNOさんと素でどつき漫才やってたなあ。モニター上だから詳細はわからないけど。 喧嘩するほど仲がいいらしい、と分析してみた。どつかれそうなので面と向かっては言わないが。 00:32 言った台詞がね 00:33 「いいでしょ? 人って、こんなに簡単に死ぬんだよ――だからみんなみんな、壊れちゃえば良いんだよ……貴方も、私も、世界も、みんなみんなみんなみんな……」 00:33 って言ったら 00:33 リアルで抱き締められました(笑) リアルでやったのか、BBNOさん。大胆だ。 ……いや、それを公言する空さんも大胆だけどな。 00:34 うん、わたしが突然スイッチが入ったみたいに鬱に落ちたとき、彼氏が抱きしめてくれたらちょっと落ち着いたよ? 00:35 でも、空さん幸せなの、すぐそばにそうやってしてくれる人いるの。 00:35 うらやましいのね 00:35 いい話だねえー(茶啜り)(←そのテの事にはまったく無縁の人 00:35 それは確かに。いいですなぁ(茶啜) 00:35 まったくです(茶啜り) 00:36 からかうなぁっ!(がみらん投擲 00:36 >soujyu< あー。うちしばらくはいいや(ぉ)<そのテの話題 00:36 ひゃっはぁ!!(複数に分裂し、それぞれの目標を破壊) 00:36 純粋なる嫉妬(と言うのは少々語弊があるけんど)ですが。 00:36 ただの羨望 00:36 (破壊されつつ。 00:36 あ、それそれ<羨望 その後、なしくずしにバカップルトーク場と化す『#りんりん』。 みんな夜中なのに元気だなあ、と思いつつ。 空さんの呟きが、ちょっとだけ気にはなっていた。 00:34 いや、でも 00:34 もし本当に死んだら 00:34 多分、そうなっちゃうんだろうなぁ――って 00:35 思ったからね なんとなく、不安なイメージを抱かせる台詞。 でもまあ、らぶらぶだし心配ないわな。 そう自分に言い聞かせてから、私は仕事に備えて退室した。 ――無条件で『世界』を好きになる人なんて、いないと思うけど。 10月1日。 そういえば。 ――あれから、一週間以上経ったんだなあ。 結局、例の事故はあの日以来取り上げられる事はなく。 代わりに、そこそこ物騒なニュースが日替わりで流れ始めていた。 まあ、センセーショナルな事件やら芸能人のスキャンダルやら『話題』の本の紹介だったりした方が、視聴率の伸びはいいもんな。 そんな感想を抱きながら、毎朝朝食を頬張りつつ片手間にテレビのニュースを見るのが私の日課だ。 なんでも、天才的なハッカーによって幾つかの軌道衛星・静止衛星がジャックされたとか。 そのハッカーは、全世界に宣戦布告を叩きつけたとか。 すべての衛星を地球に落とす、という声明文も出されたとか。 そして同時に、それに対する対抗策をも『わざわざ』公開したとか。 まだ、この時点ではみんな本気にしちゃいなかった。私も含めて。 こんな事件は知らないうちに知らない誰かが解決していて、自分達みたいな一般人がでしゃばる余地なんてない。 それだけのはずだったから。 ……まあ、コロニー落としを彷彿とさせる展開を知った一部のガンダムオタクくらいは嬉々として見守っていたのかもしれないが、そんな事私は知らない。 BBNOさんの訃報を『#りんりん』で聞かされた日から、空さんは『#りんりん』にも『#世界の楔』にも姿を見せなくなった。 そもそも『#世界の楔』に至っては主がいなくなった今、完全に沈黙している。チャンネルのリストにも表示されない。 仕事を終えた私は、ぐったりしながら帰ってきた。 秋口とはいえ、実際はそれほど涼しくない。 外の仕事なので、季節の流れはダイレクトにわかる。もう少し通気性のいい制服を陳情したい次第だ。 ……確か、住所はBBNOさんのメールアドレスに送ってたけど。 やっぱり立ち消えかな、あの企画。 そんな事を考えながら安物の黒いナイロンの鞄を所定の位置に置き、弁当や水筒の片付けを始める私。 「そうそう、荷物届いてたよ。中身は何?なんだか軽かったから、本じゃないみたいだけど」 私が仕事に行っている間に、母が荷物を受け取ってくれていたらしい。 でもなんだろう。よくオンラインでTRPG関連の書籍を取り寄せる事はあるけど、目ぼしいのが出てくるのはもう少し先だ。 DX2のリプレイもファンブックもサプリメントも10月末以降だしなあ。 だから、今は何も注文してないんだけど。 首を傾げながら、2階の自室に上がる私。 自室の隅へ無造作に置かれた、味も素っ気もない小さなダンボール箱。 自分宛の住所だ、うん。 で、送ってきた相手の住所も見る。 住所に見覚えはないが、差出人の名前に見覚えがあった。 (あれ、「そら」さん?BBNOさんじゃないんだ) ……っと、間違えた。彼女のハンドルは「空(くう)」であって「空(そら)」ではない。 ただ、普段タイプしている時は「そら」で打つと一発で出てくるから頭の中でもついそっちで覚えているらしい。 (ちなみに「くう」で打つと「食う」と出るので色々アレだ) 私は、その箱を抱えて愛用のノートパソコンの前に移動。 空さんがIRCに顔を出しているかもしれない、そう思いながらパソコンのスイッチを入れた。 起動するまでのタイムラグを利用して、箱を開ける私。 中にはヘッドセットと『世界の楔(World Wedge)』とシンプルな文字で書かれたCD−ROMが一枚、そのうえ手紙が一通入っていた。 私は起動用のパスワードを入力してから、手紙の封を開けて読み始めた。 封は乱雑に手で開けた。物凄く無作法だがこれはいつもの癖だ。多分一生治らない。 手紙には、女の人らしい丁寧な文字でこう書かれていた。 『まず、テレビを点けてください。その後ソフトをインストールしてくださいね』 ……テレビ? 面倒だなあ、と思いながらもパソコンの起動を横目にテレビのスイッチを入れた。 夕方のテレビ番組ってあんまり見ないんだけど。何かやってたっけ? 2秒前後のタイムラグの後、テレビがついた。 ニュース番組をやっているらしい。 夕方のニュースってあんまり見ないんだよなあ、と思いつつパソコンに向かう私。 テレビには背を向け、とりあえず耳だけでニュースの内容を把握していた私だったが…… 「衛星落下の対抗策は、一つだけ」 聞き覚えのない、女性の声。どうやらニュースキャスターではないらしい。 「『ある人達』に送られたMMORPG『世界の楔(World Wedge)』。これを『誰か』が制限時間内にクリアする事です」 …………はい? 「今、その人達はテレビをつけるように指示した手紙を読み、テレビのスイッチを入れたはずです。 北海道や、離島に住んでいる方に限っては若干タイムラグはあるでしょうけど」 思わず振り返り、テレビの画面を凝視した。 画面に写っていたのは、一人の女性。 化粧っ気はないけど顔立ちの整った、セミロングヘアーの女の人。 でも。 その視線は虚ろで、多分モニターを通り越してどこか『遠く』を見ている。そんな目をしていた。 頭の中で、情報を整理する。 送られてきた『世界の楔(World Wedge)』。テレビに映し出された女性、宣戦布告。 冗談じゃない。 『運命』だの『伝説の勇者』だのってのは、テレビゲームの中だけの話だと思ってたのに。 ――『勇者』なんてガラじゃない。とはいえ。 私はテレビのスイッチを切った。 とりあえず、大体の事情はわかった。 さらに頭の中で情報を整理してみよう。 まず、『Ring to Rings』のメンバー全員が『世界の楔(World Wedge)』のプレイヤーではないという事。 登録だけの人や『#世界の楔』に入って説明を受けたけど全員が全員、参加希望をしたわけじゃない。 知っている限りでは、9月14日明け方時点で9人。 もしかしたらそれ以上いるのかもしれないが、元々の主だったBBNOさん亡き今は確認する手段がない。 1パーティの最大メンバーは8人。 私が、あぶれる可能性も出てくる。まあ、それを見越してのキャラクター設定をしておいたからしばらくの間はもつだろう。 次に、タイムリミット。 明確に示されていなかったが、まあリアルでプレイヤーが餓死しない程度の時間内じゃないだろうか? 3、4日辺りを想定しておこう。 おそらくはゲームにログインした後で管理人から知らされることになるだろう。 ヘッドセットの形状を考えると、体感型ゲームっぽい感じだと思うし。 あと、タイムリミットが来なくてもキャラクターが死亡したらプレイヤーも自動的に死亡する、と聞いた。 連動型、らしい。 確かそんな設定のゲームを遊ぶっていうネタがどこかの映画にあったなとなんとなく思い出したりして。 で、最後に。 私はMMORPGをした事がない。 操作に慣れる前にやられたりしないだろうか?不安である。 そういえば、トリックスターのクライアントソフトは落としたけど一度も起動した事がないし。 大丈夫か私!?それが一番の不安材料なんじゃないか!! ……仕方ない。覚悟を決めよう。 体感型なら、多分剣をぶん回してたらそこそこいける。 私はイヤホンとヘッドセットを取り替え、ソフトをインストールする事にした。 ソフトをインストールし終わり、再起動した後。 自動的にキャラクターのカスタム設定に入った。 容姿の設定はBBNOさんに大雑把な所だけ伝えておいたが、肝心な所を伝えていなかった。 そんな大雑把なプレイヤーの為に作られたカスタム設定なのだろう。痒い所に手が届く。 ちょっとだけ気分がほぐれた。早速、最終設定を行うとしよう。 画面には、大振りの剣と硬い鎧を装備した黒竜の姿が映し出される。 かなり滑らかなポリゴンだ。試作品とは思えない出来である。 そう、私の選んだ種族はドラゴン、クラスはソルジャー。 「前衛クラスが少ない」という恐ろしい台詞を9月13日に聞いたので、路線変更していたのだ。 MMORPGの性質上、前衛クラスは死にやすいだろうから力と体力のある頑丈な種族を選べば多少は死ににくくなる。 そういった判断をした上での設定だった。 さて、細かい容姿の変更をしていこう。 折れた翼、欠けた爪、擦り切れた牙。尻尾だけは異常に長く、先端には牙にも似た刺……っと。 このPCは、『Ring to Rings』内で行われたDX2のキャンペーンPCの設定を一部流用している。 もっとも、本家は人間形態と竜形態の二種のパターンがあるし竜だと武器防具の装備は出来ないっていう欠点もあったけど。 名前はシュヴァルツ。 ドイツ語で、『黒』を意味する言葉だ。 安直だけどしっくり来る名前だと自負している。 ……さて、ログインするとしよう。 種族特性もあるし、そう簡単にはやられないだろう。 まあ、死ぬ時は死ぬ。それは仕方ない。 その場合は、私にとっての『世界の終わり』が来るのだろう。 タイムリミットが来て『世界』が終わるか。 私が死んで『世界』が終わるか。 それとも、私か別の誰かがゲームをクリアするか。 結末は、多分3つ。 ………一つだけ、不可解な事がある。 そもそも何故、空さんはこんな『ゲーム』を思いついたのだろう? もっとてっとり早く『世界』を終わらせる手段はある。 自分の『世界』を終わらせたいのなら自殺するのが早いし、他人の『世界』をまとめて終わらせたいのなら 衛星落下の対抗策なんか教えずにさっさと落としちゃえば手っ取り早かっただろう。 しかし、空さんはどちらの手段も取らなかった。 あっさりと衛星のコントロールを獲得しつつも、わざわざ対抗策を教えている。 もしかしたら。 彼女は一世一代の賭けに臨んだのかもしれない。 彼女自身が勝つか、『世界』が勝つか。 そんな、孤独な賭けを。 ……覚悟を決めて、私はヘッドセットを装着してからログインボタンを押した。 同時に、混濁していく意識。 次に目覚めた時はきっとフィールドの上だな、と思いながら。私は意識を手放した。